読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

なぜ留年してしまったのかという話

一応高校ではそれなりに勉強をして東京大学に合格して、一年間テスト前だけ勉強して結果的に留年してしまったわけだけど、眠れないのでその理由について考察する。

 

僕は独り暮らしをしている上に大学から電車で1時間のところに住んでいる。大学へ通うには最悪の環境にいると言っても過言ではないだろう。だけど、そのこと自体が留年してしまった原因ではないと思っている。家でも勉強はできるしね。

ではどこに問題があるのかというと単純に勉強ができなくなった、という点であろう。勉強ができなくなったというよりはモチベーションがゼロになってしまったと言う方が正しいかもしれない。で、その理由を考えてみたけれど、やっぱり一番の理由は承認欲求だという結論に至ってしまった。これを詳しく説明するにはいくつか前置きが必要だ。


 

そもそも、東京大学を目指した理由が勉強をしたいから、というわけではない。元は好きだった子が行こうとしていた大学へ行こうとしていたのだが、その恋心も冷めて、色々考え直したところ東京への憧れから東京の国立大学である東京大学を目指し始めた。東京大学を目指した理由の中には、合格したら周りからちやほやされるという気持ちがあったことも否定しない(実際は地元ではそこそこちやほやされたが、都会に出るとそうでもないということを思い知るのだが)。

「最悪旧帝大のどこかに入れればいいだろう」くらいの気持ちでだらだら勉強していたのだが、そんな僕に転機が訪れたのは高3の夏に泊りがけで行われる生物オリンピック国内予選と化学グランプリに参加したことである。

生物オリンピックや化学グランプリは高校生物(化学)+αの範囲での能力を競い合う場所なのだが、そこで上を目指してる人間たちに出会った。上を目指してる人間というのは、大学合格が目標ではなく大学での勉強、さらにいえばその先まで見据えている人間のことだ。そして、この出会いによって、まるで自分もそのような人間と同じ種類の人間なのだろう、と勘違いすることになる。実際は、全くもってそんなことはないのに。

それからはそこそこに勉強をし、ボーダーよりちょっと上くらいの点数で東京大学に合格することができたわけだが、案の定大学に入ってからはまるで勉強する気が起らず、今に至る。

大学合格発表前までは東京大学に合格して生物の研究をするんだ、という固い意志を持っていたはずだったのに。

 

前述の話に戻るが、何が言いたかったかというと、僕の勉強のモチベーションはすべて承認欲求から来ている、ということだ。

勉強をまともに始めた理由は?ー好きな子がそこそこ頭が良かったから、好きな子に認められるくらい頭良くならないといけないと思って。

東京大学を目指した理由は?ー親や学校の先生に褒められると思って。

学校の試験や模試を頑張った理由は?ー明確に順位が出る、他人との優劣がハッキリつくから。

科学オリンピックに参加した理由は?-競技だったから。

 

競技=順位がつけられる。上に行けば行くほど褒められるのだ。

自分は理科が好きだと思っていたし、実際文系科目よりは理科が好きだ。だけど、理科が好きだったのではなく、競技としての理科が好きだったという部分は確実にあるだろう。

上述したように、結局行き着く先が承認欲求なのである。やりたいことのために勉強していたことなんて全くない。

 

では大学ではどうなのだろう?

残念なことに、大学というところはいくら勉強を頑張っても褒めてくれる人間がいないのである。順位だってハッキリとしたものは出ない。しかもボーダーより少し上で入学した自分より頭がいい人間は掃いて捨てるほどいるのだ。

いくら勉強しても褒められないが勉強しないで単位を落とすと周りから責められる。大学とは非常につらいシステムなのだ。

(当たり前のことではあるが)大学は勉強したい人、勉強に楽しみが見出せる人が行くべき場所なのであろう。僕はそれに気づかないまま大学に入学してしまったのだ。ただ、このことに気づいていたからといって大学に行かなかったかと言えばそういうわけではないだろう。自称進学校に通っていたから周りもみんな大学へ進学すると言っていたし、親もそれを望んでいた。

勉強自体に楽しみを見出せないなら、何か大きな目標を設定するしかないのだが、その目標さえ見つからない。

留年というモラトリアムの延長によって得たこの1年で、何か大きな変化を起こすことはできるのだろうか?

それはわからないけれど、大きな変化を起こせなかった場合、残りの大学生活を全うできるのかどうか、不安でしかない。